以下は、せと氏のブログから。
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せと弘幸BLOG「日本よ何処へ」から
(画像は省略です)
日本国憲法第21条
第1項
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
第2項
検閲は、これをしてはならない。
通信の秘密は、これを侵してはならない。
日本国憲法にはこの事が書かれています。
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民主主義社会においてはこれは根幹と言うべきもので、これが無くなった時に民主主義社会は消滅します。
◆ シナ・中共や北朝鮮のような共産主義国家においては、これがありません。民主主義社会の象徴のような存在がこの日本国憲法なのです。
◆ 昨年6月5日に私が参加した川崎市内における津崎尚道さん主催のデモですが、多数の左翼や在日朝鮮人が終結し、暴徒となって暴れ妨害しました。それは何度もお知らせしたように、この6月11日のブログでも明らかです。
◆ 昨年6月5日に、五十六氏の主催で行われた「川崎浄化デモ」ですが、それをここでもう一度詳しく再現してみることにしたい。この二人は警察官です、何と言っているか?
◆ 「危ない、出来ないでしょう、出来ないよ」とデモを行おうとしている五十六氏に対して、デモをやめるように説得している。デモ参加者は在日や、左翼の暴徒に取り囲まれている。
◆ 警察官が何度も警察車両の上から「車道にいる方は歩道に上がって下さい」と呼びかけているのに、妨害者は一向に歩道に上がらない。よってデモ隊は出発出来ない。
◆ 私は、五十六氏とは少し離れた場所にいたので、この時の会話は映像を後日確認して分かった。デモ隊は予定されたコースではなく別なコースというか、駅の方に向かった。
◆ この時、私は駅までの短いコースでデモは行われるものと思って着いていったが、なかなか前に進まない。妨害者から警察が守るのに必死で、何度も止まりながら少しづつ進んだ。
◆ それが全く動かなくなってしまい・・・そのままの状態が続いた。
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五十六氏が、前の方からこちらに歩いてくる姿を確認したので、私は前に進み彼と初めて声を交わした。
私「どうしたのですか?」
五十六氏「元の場所に戻ってデモをやり直す」
驚いた私は本人に確認を求めた。
「コース通りのデモが出来ないので、警察官の指示に従い、集団で移動しているので、これは事実上のデモでしょう。ここまで来るのだって大変だったのに、元の場所(公園)に戻ってやるなど、本当にできるのですか?
五十六氏 「マイクを使うな、国旗を降ろせ!などと言ってそれをしないと無届デモになるので逮捕すると言いやがる。だったら公園に戻ってやり直す」
私が、五十六氏と会話をしていると写真に映る警察官が割って入ってきた「デモは認めない」などともう血相を変えて喋っている。
五十六氏に対して「ここは一旦引きましょう。このまま戻ってもデモは出来ない。ここは、駅まで皆で行って、又次の機会に頑張れば良いではないか」
五十六氏は、私の説得に応じて先頭に戻り、我々は駅まで行って川崎を後にした。
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翌日に、五十六氏から電話があった「せとさん、言われるように戻って良かった・・・でなければ、私を逮捕すると警察は息巻いていたんです。」
これが全てです。
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そして1年後、この機会がようやく訪れてきました。
もう一度リベンジします。
「何の為に?」と聞かれたら、このように答えたい。確かに悔しい思いもありました。しかし、その雪辱だけではありません・・・日本が民主主義社会であることを確認するためです。
マスコミは、真実を伝えずに、一方的に我々参加者を悪者扱いしました・・・しかし、こちら側の誰一人として相手に暴力を奮った人物はいません。
頭を叩かれた人、日の丸を奪われた人、押されて前のめりになって、地面に転びそうになった人。進路を阻まれ、長時間に渡って罵声を浴びせ続けられた人。
我々は再度、川崎でデモを行う事を決めました。
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有田 芳生(ありた よしふ)は、我々のデモに対して、このように道路上に座り込み、そして妨害しました。
この事については既に、裁判の判決でも「問題のある行為」と認定されました・・・よってその違法性は明らかです。
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以前にこのように書きました。
この川崎デモを、数の暴力によって妨害し、中止させたのは、この有田 芳生(ありた よしふ)と、福島 瑞穂(ふくしま みずほ)の両名である。
よって、この二人を最終的に、私は告発しなければならないと考えています。
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今回「余命3年時事日記」の協力を得て、有田 芳生(ありた よしふ)に対して告訴の準備を進めたいと思います。
また、捏造(ねつぞう)報道を繰り返す、TBSテレビも告訴を考えています。
(中略)
”-
2017年7月8日
(via awarenessxx)