fortyniner045:
“このおかしなお辞儀のもとになっている朝鮮式コンスは、どのようなものかといえば、李氏朝鮮の時代まで、女性には国王の妻、つまり国内で最高位の女性であっても、名前がありませんでした。「名前がない」ということは、人でないのですから、当然に人権がない、ということです。そして「名前がない女性」たちは、野良犬や野良猫と同じで、どこで死んでも誰も見向きもしない存在だったということです。まして一般の女性であれば、貴族階級の両班であろうが、奴隷階層の白丁であろうが、女性に名前はありません。そしてチマ・チョゴリの下に下着はありません。ハダカです。では生理のときはどうしていたのかというと、村ごとに生理用のボロ屋があり、生理が終わるまで女性たちは、まるで家畜のようにそこに閉じ込められていた。つまり(これを読まれれる女性の読者の方にはいささか酷な話ですが)、朝鮮ではほんの100年前まで、女性は単なる子を産む道具、もしくは男性の性処理のための単なる道具でしかないとみなされていたのです。朝鮮半島の女性に、名前が付き、彼女たちに人としての権利が認められるようになったのは、日本が統治して以降のことです。それまでは、女性たち人間扱いされていなかったのです。初の朝鮮人女性の遺産相続者も、日本統治時代に誕生しています。これは、朝鮮の歴史始まって以来、初めての出来事として、当時の新聞に大々的に報道されています。乳房を露出したチマチョゴリ姿両班の長男を産んだ女性は、生涯両方の乳房を露出して生きる名誉が与えられた。ちなみに日本では、正座というのは、正式かつ美しい座り方とされています。けれど、朝鮮半島では、正座は罪人が強制されて座らされるときの座り方です。ですから罪人でない人が座る時は、女性でも立て膝で座りました。昔は、パンツなんてありませんから、女性が立て膝で座ると、支那式の着衣でも、和式の着衣でも、大事なところが丸見えになってしまいます。なので、立てた膝ごと覆い隠すように、胸から下で裾の広がった「チマ」が発達したわけです。で、チマが発達すると、スカートが胸から大きくひろがっていますから、腰をかがめて目上の人にお辞儀をしようとすると、両手でお腹の辺りを押さえないと、後ろからチマ(スカート)がばっさりと前に出て来てしまって、たいへんにみっともないことになります。なので、お辞儀の際に、おへそのあたりでスカートを押さえるようになったのです。名前もない、ただの性の道具が、チマの下は全裸でお腹を押さえてお辞儀をするわけです。そのことを考えれば、このコンスというお辞儀は、奴隷となった女性の恭順の姿であるということがわかります。奴隷となった女性の恭順の姿です。それを日本人の女性に広めようというのです。そして現に、ひろまっているのです。とんでもない話です。こんなものを推奨しているビジネスマナーの会社は、おそらくは朝鮮系なのでしょう。あるいは企業内で、こうした礼法を無理矢理社内に導入しようとしているのは、日本人になりすました在日朝鮮人社員なのでしょう。彼らは、日本人とは、まったく異なる不道徳な観念に基づいて、こうした礼法を広めようとしているのかもしれません。”
— おかしなアノお辞儀は韓国式コンス ねずさんの ひとりごと (via irregular-expression)