木曜日

copipe

maytaro:

“今回はカンボジアの民主化に尽力し命を落とした、国連ボランティアの中田厚仁さんを取り上げた映像から。中田さんは大学卒業後の1992年、ポル・ポト政権崩壊後泥沼の内戦が続く、カンボジアの総選挙を支援するボランティアに採用され、選挙監視員としてコンポントム州プラサットサンボ郡に赴任しました。赴任後は、内戦後初のカンボジア総選挙を成功させるべく、政府と武装組織との衝突が激しい地域への赴任を自ら希望し、投票することで国の未来が変えられることを現地の人々に訴えて回ります。しかし、選挙に反対の立場を取っていたポル・ポト派から、活動をやめるよう脅迫され、徐々に精神的に追い詰められていくことに。そのような中で、車で移動中に銃撃され、25歳で命を落としています。中田さんの四十九日の法要の日に予定通り行われた総選挙。中田さんが命懸けで活動した地域の投票率は99.9パーセントに上り、投票箱の中からは、中田さんへの感謝の手紙も複数発見されたそうです。中田さんの死から2年後の1995年、中田さんが襲撃された現場一帯が開発され、新しく出来た村の名前は、協議の結果「ナカタアツヒト村」に。また1998年には、中田さんの父親が日本で集めた募金をもとに小学校が建設され、「ナカタアツヒト小学校」と名付けられています。その死から25年が経った今も、カンボジアで英雄として記憶されている中田さん。映像には現地から多くの反応が寄せられていましたので、その一部をご紹介します。”

【海外の反応】 パンドラの憂鬱 海外「私達は絶対に忘れない」 カンボジアで英雄となった日本人青年に感動の声が殺到 (via sqiz)