金曜日

copipe

“この「ウナギ文」の親戚関係にある文として、「コンニャク文」というのがある。
「コンニャクは太らない」
 もちろん、コンニャクが太っていく訳ではない。「コンニャクはいくら食べても、食べた人は太らない」という意味だ。
 これも、同じ構造だ。これは、食べ物と太る関係を述べている文脈の中では、ごく当たり前に使われる。
 「コンニャクの話ですよー」と主題を示し、食べ物と太る関係を述べている共通認識があるから、そこは省略し、「太らない」と述部を述べているだけなのだ。
 日本語はパーツ・パーツを組み合わせての帰納法的にできているのではなく、この大きな構造が大事なのだ。文脈、文型と「てにをは」で作られたスペースに自立語が放り込まれる。ただ、それだけなのだ。”

- 吾輩はウナギである(ウナギ文) : 日本語を考えるby takashi hayashi (via yellowblog)