“子どもを育てながら研究や仕事を続けられるのも、なんらかの「溜め」があるから。この「溜め」に自覚がなく、仕事がない人に「高校、大学などに行って手に職をつけなかったのが悪い」「私は頑張ったからできた」という類の発言を無邪気にしてしまうと、「溜め」を持たない人にどうしようもない絶望感を与えてしまいます。「自己責任」で済ませるにはあまりにも重い話です。例えば、「勉強する環境があった」、そして、「無事に大学に通うことができた」というのも立派な「溜め」です。経済的、家庭の事情で諦めざるをえなかった人もいるし、勉強に必要な「親の理解」「心の余裕」があるかどうかも「溜め」になることがわかってきています”— Leo’s Chronicle: 子どもはどこにいるの? (via otsune) (via gkojax-text) (via ume-maki) (via bochinohito) (via edieelee) (via poochin) (via sivamuramai) (via tetutoj) (via gkojay)