“当時、清は2億両の銀は保有しておらず、日本に銀で支払うためには、大量の銀を市場で購入する必要があった。しかし、一度に大量の買い付けを行えば銀市場が暴騰してしまう。また、当時の基軸通貨であるポンドを保有しておけば、英国からの輸入代金決済に充当することができる(今でいうところの外貨準備)。 このような理由から、銀2億両に相当する金額を清は英国シティで外債を発行することで調達し、日本はポンドの現金で賠償金を受け取った。 当時英国は金本位制を採用しており、ポンドには金の裏付けがあった。日本政府は、金の裏付けが確保されているポンド紙幣を「金」とみなし、清からの賠償金の一部を日本銀行の金準備として金本位制を開始したというわけである。つまり、日本は厳密には金本位制ではなく、金の裏付けを持ったポンド本位制を採用したということになる。 これは、非常に興味深い出来事といえる。 日清戦争は日本と清の戦争であるにも関わらず、その戦後処理はすべて英国の金融マーケットの事情で決定された。しかも、受け取ったポンドは日本には送金されず、そのまま英国の銀行に預けられたのである(日本には国内に送金すべきという意見もあった)。 おそらく日本の政府担当者の頭には、巨額の資金をシティの銀行に預けることによって、大口の顧客となり、今後の資金調達などを有利に運ぼうという意図があったと思われる。実際、これが後の日露戦争におけるシティでの戦費調達の成功につながってくる。 政府のキーマンが金融マーケットの理屈を熟知していることが、いかに大切なことかよく分かる出来事である。”—
http://www.capital-tribune.com/archives/516 日清・日露戦争当時の株価を検証する(前編)
どこが世界の中心だったか?
(via bgnori)
近現代史を単なる素人政治史ではなく、経済、思想、芸術、科学史、法学等の専門家の視点から分析し直すと俗論とは全く異なる歴史の真実が近くなる それをする国家が強くなるのは当然 逆に新聞あたりの素人が叫ぶサヨク捏造史観でしか歴史を認識していないと、確実に滅びる