“戦時中にあった祖父の修羅場
長男で公務員でもある消防士だから赤紙は来ないと思っていたら終戦前年の冬に召集
関西から九州へ送られて訓練を受け、中国へと送られた
しかし祖父が到着してしばらくすると終戦、大慌てで逃げ帰ることになった
その時にいた部隊長さんがとても立派な方で民間人が港へ逃げ切るまで守りたいと言った
祖父たちもその提案に大賛成、やりましょうと部隊長さんに従おうとした
部隊長は嬉しそうに笑ったあと、急に
「ところで君たち、本土での職業はなにかね?」と祖父たちに訊ねた
疑問に思いつつも素直に元の職業を答える祖父たち
会社勤め、農家、商家、大工、警察官、消防士など様々いたらしい
全員分の元の職業を聞いた後、部隊長さんは何か考えて口を開いた
「大工と警官と消防士の君たち、民間人に付き添って船に乗って先に本土へ帰りなさい」
唖然とする祖父たちに部隊長さんは「君たちは今一番御国が必要とする人材だ」と言った
敗戦して焼け野原の御国には復興のために大工が必要、
混乱しているであろう治安を立て直す警察官と消防士も必要だからとのことだった
そして残りの人たちには申し訳ないが自分と最後の民間人を港へ向かえるまで残ってくれと
頭を下げたそうだ
部隊長さんに祖父たちは自分以外の大工や警察官や消防士もいるから残ると主張、
他の人も祖父たちの意思を汲んでくれと願い出た
でも部隊長さんは「頼む、御国のために行ってください」と深く頭を下げた
断れなくなった祖父たちは悔し泣きしながら部隊長たちと別れて民間人の道中護衛をしながら
港へ向かい船に乗って日本へ帰った
復員後、祖父は故郷の関西に帰って消防士と救急救命士の走りみたいな仕事に従事
一緒に帰った大工と警察官の人もそれぞれの職務に励んだそうだ
それでも祖父たちはあの時中国に残った人たちを気にして探していたんだが、
部隊長さん以外はほぼ復員できていたらしい
残った部隊長さんたちは祖父たちが復員した後も中共だったかソ連だったかが
やってくるギリギリまで民間人を港へ送り続けてた
でもさて自分たちも復員だとなった辺りで敵が近くまで来て、
部隊長さんは付いてきてくれた人を船に乗せるとその場に残った
士官の自分が投降したら民間人や君たちから奴らの目も逸れるだろうと言っていたらしい
結局そのまま部隊長さんはお帰りにならなかったそうだ
これが祖父の人生最大の悩みになって随分しんどい思いをしていた
あの時に部隊長さんと残っていたらという気持ち半分、
でも帰れなかったら子も孫も生まれてこなかったという気持ち半分
もうその部隊の戦友さんはほとんど亡くなって祖父ともう一人か二人だけだが、
毎年この時期はうちに集まって皆仏壇の前でじっと座っている
祖父たちは一生続く修羅場にいるんだろうなと最近思うようになった”
- 戦時中にあった祖父の修羅場 - 続・妄想的日常 (via darylfranz)