水曜日

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『源氏物語』に17歳の光源氏が24歳の六条御息所の家から早朝帰る際、御息所が「寝床から頭をわずかに上げて見送った」という記述があって、賀茂真淵がその一文の意味がよくわからないと言ったら、当時(江戸時代)京の女中はみんな「朝方までセックスしてたからだろ」とわかったって話すごく面白い。


当時(平安中期)の習俗では、貴族だろうが庶民だろうが夜這いを仕掛けた男が朝帰る時、女は必ず見送るもので、紫式部は先の一文で「それがちゃんと出来ないほど激しい夜だった」という含意を持たせたけれど、それを江戸時代最高峰の国学者だった賀茂真淵は(国学者ゆえに?)読み取れなかったという。


そのいっぽうで「京都の女中」はそうした男女の機微や暗黙の作法、習俗に詳しかったし、なにより源氏物語にはそうした「肌感覚でしか伝わらないコード(暗黙のルール)」が数多く仕掛けられていて、百人いれば(その百人のそれまでの生活を背景にした)百通りの読み方が出来る作品なんですよねえ。


蛇足ながら、個人的にさらに面白いのはこのエピソードを現代に広く伝えたのって大野晋(国語学者)なんですよね。大野が丸谷才一(作家・評論家)に伝えてる。「学者にわからないことでも庶民にはわかることがある」という単純な話の奥に、「しかし学問はいずれそこにも到達しうる」という話でもある。



- たらればさんのツイート (via hutaba)