“『ファイナルファンタジーIV』は、ゲームとしてはすごく面白いのですが、ストーリーに関しては結構ムチャクチャで、低品質のライトノベルと同レベルと思っています。 そう感じる大きな理由が、「登場人物たちの行動に理解・共感ができないこと」。 これは脚本としてはかなり致命的。しかし、ゲームとしては有り。上記のことがあるがゆえに、プレーヤーは画面の中でくり広げられる物語を神の視点で観ることができるわけで、これにスクウェアの伝統芸である派手めな演出が加わり、「映画的演出のゲーム」というポジションが確立されることになりました。 それは、当時ライバルだった『ドラゴンクエスト』シリーズが、「主人公=プレーヤー」「プレーヤーのゲームへの没入感を大切にする」というスタンスをかたくなに守っていたのに対して、USP(商品差別化要素)を形成することに成功したと言えます。 いわゆる「人形劇」と揶揄される『ファイナルファンタジーIV』の強制イベントは、当時は物珍しかったのです。 優れた脚本は、物語の登場人物の役割が明確なもの。しかしゲームの場合は、物語よりもゲーム性を重視して登場人物が作られるため、物語にとって役割がなくても、ゲーム的には役割がある登場人物がいるといったことが往々にして起きます。 その典型が、『ファイナルファンタジーVI』や『ファイナルファンタジーVII』であり、そこにストーリー性を強化していくものだから、ある種、歪なことが起きてしまうのですが、その話はまた別の機会に。 本作においては、物語における登場人物の役割がある程度考えられているにも関わらず、ゲーム的な演出やセリフの取捨選択によって大部分が見えない状態になっており、結果としてストーリーが低品質のライトノベルと同レベルになってしまっていることが個人的には歯がゆいところです。”— 【徹底検証】 『ファイナルファンタジーIV』とは、どういう話だったのか? 掘り下げて考えてみた!
(via cametan-001)