月曜日

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先に書いたように、迷彩服は目立たないよう風景に溶け込むために作られました。ですが陸上自衛隊は「むしろ目立つ迷彩を着る」という決断をしたことがあります。イラク派遣の時のことです。

米英軍に占領されたイラクではテロが横行し、治安は著しく悪化していました。米英軍と違い、戦後になって復興支援ために送られた有志連合の軍隊はもとより、赤十字やNPOといった非軍事組織すらもテロの対象になりました。

イラクに展開する各国軍隊は茶色の砂漠用迷彩を仕立て、着用しました。これならイラクの土や壁の色にまぎれてます。遠くから狙撃されそうになっても狙いが定めにくいでしょう。

自衛隊もイラク派遣にあたり、専用の迷彩服を特注しました。ですがその迷彩は緑色でした。この時は他に服がなかったのじゃありません。敢えて目立つ色を選んだのです。さらには日の丸を服の各所にデカデカと貼り付けました。めちゃくちゃ目立つ格好です。

これは他国の軍隊からは異様に見えた、といいます。

“この自衛隊のやり方を多国籍軍側はまるで理解できなかったようだ。

「日の丸はまるで射撃の的のようなデザイン。これでは『撃ってくれ』といわんばかり。早くやめろ。お前らはどうかしている」

ことあるごとに強く忠告してきた。彼らの言い分はある意味で正しい。自衛隊のやり方は、軍事常識から明らかに逸脱していたからだ。だが、そこを敢えて踏み越えた。”
p186 『武士道の国から来た自衛隊―イラク人道復興支援の真実』

これは自衛隊の果敢な戦略でした。遠目にも「あ、あれは日本の兵隊だな」と区別できる服を着て働くことで、信頼を築き、そもそも撃たれないようにする考えです。そのためにはよく目立ち、しかもアラブ圏で神聖な色とされている緑色が最も適切なものでした。

そのような努力の甲斐もあってか、サマーワの市民100人規模による「日本の宿営地を守ろう」というデモ行進が行われました。

“衝撃を受けたオランダ、アメリカ、イギリスの三軍から「いったい自衛隊は何を工作したのだ」と矢継ぎ早に問い合わせがあった。”
p179 前掲書

ということです。ですが実際に自衛隊がやったことは工作どころか「堂々とした格好で、イラク人と共に額に汗して働き、信頼されよう」という地道な努力でした。



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