“でもね。個人的には、そりゃ「理解」は難しいよ、と思わざるをえない。だって、ベビーカー1台ぶんのスペースであと4、5人は確実に乗ることができるはずだから。 その電車を乗り逃したとすれば遅刻確定、という人がいたとして、叱責ないしは評価・査定が下がる可能性が出てくるということは、その当人にとってはベビーカーが「迷惑」以上の存在になり得る。それだけでなく、大事なプレゼンや試験にギリギリで向かうケースや、複数の乗り換えがあって時間通りに到着することが求められるなど、何事につけ「オンタイム」が求められる通勤・通学者は交通機関に乗るということそのものでストレスに晒されている。となると、ラッシュ時のベビーカー乗車は、「自分が電車に乗り過ごすかもしれない」というリスク以外の何物でもないだろう。 個人的にこの「電車内ベビーカー」問題は、子育てへの理解不足が原因なのではなく、混雑状態の車内に広いスペースが必要となるベビーカーを乗車させなければいけない「状況」に無理があるのでは、と感じる。誤解を恐れずに書くならば、その女性あるいは男性が子どもを一緒に連れて、ベビーカーで200%前後の乗車率の電車に乗らなければいけない必然性がある事とは一体何なのか。お仕事ならばフレックスや在宅ではムリなのだろうかとか、通院ならばむしろ病状が悪化しないのだろうか、とか考えてしまう。 これは、そもそもの話として、「なぜ皆がぎゅうぎゅう詰めになった電車に乗らなければいけないのか」といった都市部の交通網の問題でもあるし、「なぜ同じ時間に会社へと通わなければいけないのか」といった労働問題でもある。もし、多様な勤務体系が認められたとしても、周囲の同調圧力が強くて充分に機能しないということならば、日本人の習性の問題ということになってしまう。 いずれにしても、「電車内ベビーカー」問題を「女性への無理解」と捉えて、他者への寛容を求めていくことが根本的な解決に結びつくとは考えにくい。「子育て」といった狭い枠組みで捉えているうちは、堂々巡りが続いて無理解の溝が深まりかねない。”— 「電車内ベビーカー」問題は、子育てへの理解不足が原因ではないと思う件(Yahoo!ニュース個人) | ガジェット通信 (via abuu2go)