“「よく考えておけ」と放り込まれた留置場には6、7人の男たちが肩を寄せ合っていた。おたがい体を伸ばして寝られないほどの狭さだった。我が家との差は身にこたえた。私に対する暴行も、いつ果てるともなく続いた。 いつの間にか、私を犯人にした自白調書が作られ、判を押せと強要された。罪を認めれば、この責め苦からは解放される。しかし、私は抵抗した。死んでも正義は守りたかった。 困ったのは食事だった。出されるものは、来る日も来る日も麦飯と漬物だけである。食器は汚れていて臭かった。とても箸(はし)をつける気になれず、数日間、絶食した。 絶食を続けていると、やがて私の体に変化が起こった。同房の人たちは私の食事を奪い合った。あさましいと言うのではない。しょせん人間は動物ではないか。飢えればそうなる。それだけのことだと思った。すると、どうしても喉(のど)を通らなかった食事が食べられるようになった。汚れた食器の水も、平気で飲めるようになった。 極限になれば人間の本質が見えてくるという。この時、私の心は、なにか透明な感じで食というものに突き当たった。人間にとって、食こそが最も崇高なものなのだと感じられた。即席めんの開発の源をたどっていけば、ここまでさかのぼるのかもしれない。もちろん、その時の私に、チキンラーメンの発想があったわけではない”— 終戦――ワナにかけられ拷問 一転、命からがら逃げ切る|出世ナビ|NIKKEI STYLE (via irregular-expression)