“人間の人生の大部分は、記憶するに足りないと体が思って捨ててしまったもので構成されています。 むしろ覚えているももののほうが、回想の反復などの特殊な工夫によって、ようやく記憶として残されるわけです。 そしてこのようにして覚えているものの連続がその人の考える、「私と言う人格」と言うことになります。 この記憶はまた、後の体験やその人の都合によって加工され、記憶の内容なるものも変わって行きます。”— 解離とサバイバー (via kazukij) (via jinakanishi) (via usaginobike) (via nemoi) (via hazki) (via nemoi)