金曜日

copipe

awarenessxx:

人食い / Cannibalism

支那(しな)Chinaの人肉食文化

中国人は、人肉を食べることを楽しんできた。

2002年 5月25日

http://www.asyura2.com/2002/war11/msg/982.html

『両脚羊(食用人間)』(シリーズ第50回)

人を食べるという行為は、想像しただけで気分が悪くなる。

だが中国人社会の中では、そんな行為が常識を逸脱した怪奇なものとしては受けとられず、ひとつの文化になっていた。

そんな彼らの常識を、漢方薬に見いだすことができる。

● 飢餓になると「人は人肉を食べる」

どの民族でも、すさまじい飢餓状態になれば人を食べる。

日本では藤吉郎(後の太閤秀吉)が城攻めした鳥取城内で人肉が食われた記録が残っている。籠城4ヶ月目ですさまじい共食いがおこなわれた。とくに足軽以下は容赦なく屍肉を食い、死体をあさるために夜間柵のそばまで忍びよって味方の戦死者の足を引きずろうとするものも出、それが敵の哨兵に撃ち殺されるや、その男を他の味方が食ってしまおうとするありさまになった。(司馬りょう太郎の太閤記より)

さらに、生きているものさえ殺され仲間に食われたという。だが文献として残されているものはこれが唯一のものだ。日本人は同一民族のせいか仲間同士でのいわゆるとも食いはきびしい飢餓の状況においてさえほとんどみられない。

欧米ではどうだろう?

アンデスの山中に墜落した飛行機の乗員が死んだ乗員を食べて生還した話はあまりにも有名だが、それ以外で人肉を食べたという話を聞かない。

もともと遊牧民族である彼らは屍に東洋人ほどの敬意を払わない。ベトナム戦争では米軍の兵士が殺したベトコンの耳を切り取って集めて勲章にし、太平洋戦争ではアメリカの大統領が日本兵の骨で作ったペンを愛用していた。

こんな野蛮な行動はしても、欧米人には人肉を食べる習慣がない。

多分、飢餓状態になれば人肉も食ペたと想像されるが、キリスト教の影響なのか古今の欧米の戦争でもそういったたぐいの話を聞かない。

● 中国人は人肉を食べることを楽しんできた。

だが中国人は違う。あきらかに人肉を食べることを楽しんできた。

人肉食、人相食、夫食婦、婦食夫、易子而食(親がお互いに子供を交換して食べる)こういう記録が中国の史書の随所に見いだされる。あの春秋戦国の覇王桓公は子供の丸蒸しを料理として賞味した。宋代には人肉料理のメニューさえある。そのころ食肉用の人間は「両脚羊」と呼ばれていた。

1984年、台湾近郊で炭鉱事故がおこり、ただ一人生き残った炭坑夫は生き残るために人肉を食べた。 そして「息の切わた人間の肉はおいしくない。やはり生きている人間の肉はうまかった」と発言して大きなニュースになった。

人を食べたからではない。どれが美味しかったという点でだ。それについて台湾大学の教授が人肉と牛肉と豚肉のいずれが、より栄養価が高くうまいかを新聞紙上でコメントした。このことは如実に中国の社会常識として現在でも人肉は食用たりうることを物語っている。

(封神演義  安能 務氏より)

つまり中国にとって人間を食べるという行為は飢餓をしのぐのためではなく、食文化の一つなのだ。

● 漢方では人体を薬として使う。

こういった文化を持つ中国人にとって、人体は賞味すべき料理の材料のみならず、薬の材料でもある。

胎盤を火であぶって乾燥させ、粉末にして元気を出す薬として使う。これを紫河車(しかしゃ)という。

また人間の毛髪を黒焼きにして血止めに使う。乱髪霜)と呼ぶ。

これらの漢方薬は特殊な薬ではなく、普通 に使われる薬にすぎない。

中国人には目が悪ければ目を、肝臓が悪ければ肝臓を食べる習慣がある。同じ肝臓なら人間の肝臓がよい。

だから、文化大革命の混乱期には多くの人が殺され臓器が食ペられた。臓器の取りだし方まで解説した本もある。肝臓を取り出すためにわざわざ人を解剖する必要はない。肋骨の下にナイフで切り込み入れ、屍の胸を足で蹴ると肝臓が飛び出るという。

こんな中国人の強烈な享楽的、現実的パワーには驚きを禁じえないが、この貪欲な好奇心が漢方薬を発展させる原動力になってきたこともまた間違いない。

● 私の経験

私の鍼の先生から聞いた話だ。先生が、中国大陸を放浪したときのことだ。

「猿の生け作り料理」に出くわした。

丸い木のテーブルの真ん中に穴があいていて、そこから猿の頭だけが出ている。頭は動かぬ ように金属の棒でテーブルに固定され、頭蓋骨が眉毛の上から円周に切り取られて薄い膜をかぶった脳みそが露出している。

猿は麻酔でもかかっているかのようにぼんやりと目をあけている。この猿の脳みそをスプーンですくって食ペる。猿は自分の脳みそが食べられるのを見て涙を流すのがまた一興だという。

先生は吐き気をもよおして、その場から慌てて立ち去った。