“いま日本人の若手技術者は「ここになぜコンデンサーが必要なのか」を理解せずに、「このコンデンサーを外してはいけない」ということだけを知っているのです。しかし、台湾や中国の技術者は「なぜ必要なのか」をきちんと理解しています。設計する技術力は、いま日本ではなく、台湾や中国にあるのです。”—
「エンジニアは技術力がすべて」iPhoneを開発するApple日本人エンジニアが語る、キャリアの作り方 | TechPeople (via leftsidestory)
胸に刺さる.
電子回路にキャパシタ(コンデンサー)をばらまかないといけない理由を理論的に学生に説明することは出来る.どの場所に,どの容量を,というのもある程度理論化は出来る.
ただ,あるラインを超えると,大型船の共振を止めるとか,ビルを爆破解体するとか,おなじみの理論+直観+経験(理論化されていないがパタンマッチングによる推測が可能な領域)の世界へと入って行くことになる.
こういった職人芸をマニュアル化し,ピーク性能はあえて追求せず,本当にきわどい部分を回避するところがアメリカ流物づくりの強みであり弱みであったところだと思うのだが,アップルは例外であり続けたようだ.
全てとは言わないが,アップル製品は基板が香り立っている.まるで1970年代のソニー製品のように(僕は幸運にも子供の頃バラしまくったので肌で知っている).これは間違いなく天才の爪痕だろう.
美しい基板の作り方を理論化して,マニュアル化して,教える事はきっと出来るだろう.だけどそれで後継者が育つかと言われたら,否と答えるしかない.
工学教育は,美術教育から学ぶべき点が沢山出てくるだろう.
ひとつ目は,ホンモノを見ることだ.名設計と言われた製品をバラして組み立てる.それから,ダメ設計も比較用に見る.
ふたつ目は,基礎的なテクニックを身につけるまでは,模倣もやっておく事だ.模倣とはリバースエンジニアリングであり,優れた見本を手本へと変えることでもある.
みっつ目は,出来れば,自分の設計を名人に批評してもらう事だろう.職人はシャイだが,謙虚で情熱的な若者には心を開くものだ.ウォズもたまに本家スラドにやってくる.
僕は自分を天才だと主張するつもりはないが,基板設計には魂を削る想いで取り組んでいる.もしあなたがルーセントデザインの製品の中身を見る機会に恵まれたら,僕も含めた何人かの職人芸を見ることが出来るだろう.パイナップル製品に関してはGitHubで再公開予定だ.
自分で何かを設計したら,是非ネットで公開して欲しい.リンクをくれたら,僕は時間の許す限り見る.シャイな人はツイッターでメンションを飛ばしてくれてもいい.アカウントは@kanayaだ.
(via the-pineapple-blog)