火曜日

copipe

たとえばだ。ある日突然警察が、ミロのビーナスはハレンチだから破壊します、とか言い出したら、どうなるだろう?

みんな、「表現の自由」を主張してミロのビーナスを擁護するか?

多分そうはならないね。2千年から人類が受け継いできた貴重な芸術作品になんて野蛮なことをするんだ、と批判するだろう。まず。

もともと価値があると分かりきってるものを擁護するのに、抽象的な「表現の自由」なんてものは必要ないんだよ。

それが、くだらないもの、有害なもの、もしくは一見そう見えるものだからこそ、擁護するのに「表現の自由」が使われるんだ。

俺はその作品の価値を認めない。だから表現の自由を認めない。文句があるなら価値を認めさせてみろ。そういう物言いは、だから詭弁なんだよ。表現の自由という概念を認める気がない、ということなんだ。スポイルする論法なんだ。

貴方が価値を認めるような作品は、表現の自由を主張するまでもなく、貴方の迫害対象にはならないだろうからね。



- こんなたとえ話 - NaokiTakahashiの日記 (via ssbt)
2009-05-20 (via gkojay) (via gkojax, gkojax) (via rosarosa-over100notes, rosarosa-over100notes) (via ibi-s, ibi-s) (via delihellme, delihellme) (via mitaimon, mitaimon) (via taquyallan, taquyallan) (via ishizue, ishizue) (via poochin, poochin) (via itokonnyaku, itokonnyaku) (via tory33, tory33) (via maytaro, maytaro)