金曜日

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僕は大阪に本社を置く機械商社の新社長に挨拶をする為に先方の応接室を訪れていた。
部屋の中には僕を含め3人の男がソファに身を沈めている。

今回社長から一気に相談役に退いた老創業者は絵に描いたようなナニワの喰えない商売人という感じではあったが、その中にも人情味を感じるとても味のある人物だ。
一代で50億円規模の商社に自社を育て上げ、兼ねてから65歳で引退すると宣言していたのでこの度の社長交代となった。
30代前半の長男はまだ若い為、常務管理本部長へ昇格はするもののまだ修業は数年続くとのこと。
僕も旧知の創業以来から創業者に仕えてきた番頭格である専務が社長を引き継ぐことになったそうだ。
2代目が育つまでのいわゆる「つなぎ登板」である。
流石に手堅い人事で前々から引退を意識して準備していたことを伺わせる。

新社長とは翌日個人的にゴルフをする予定だ。

「まぁ、よろしく頼んますよ。ひきつづき社長を助けてやってや。」

相談役が穏やかに声をかけてくれる。

「もちろんです。微力ながら。。」

僕は緊張しながら答える。社長として指揮を執っていた頃の怒号にも近い厳しい声を知ってるだけに優しい声をかけられてもどうも慣れない。
そうするとすかさずツッコミが入る。
「お前なぁ!微力なら要らんで!ぎょうさん時間と頭を使こうて、助けたってくれや!」
来た来た。そうそうこの感じである。創業者の健在ぶりを見て僕も安心をした。

老創業者は続けて言う。

「そうや。おまえら明日ゴルフ行くんやろ。ワシのベンツ乗って行き。特注のマイバッハや!よう走るでぇ。」

(それって運転席と助手席に乗って面白いもんですか?)というセリフを飲み込む。

「ホントですか!嬉しいなぁ〜」 と返す。

「おい。社長。ガレージからクルマ取って来て、彼、ホテルまで送ったげや。明日早いんやろおまえら。」

と、新社長に運転手のように指示している。新社長はハイハイと車を取りに行ってしまった。

待つこと数分、車をオフィスのエントランスまで回してくれた新社長が応接室に戻ってきた。

彼は「これ、入っとりましたETCカードです。」と相談役に今しがた乗って来たであろうベンツから抜いたETCカードを老創業者に渡そうとした。
新社長は自分のカードと入れ替えてわざわざ元々入っていた会社名義だか創業者名義のETCカードを持ってきたのだろう。

それを受け取りながら老創業者は言う。
「おまぇ、こんなもんワシどこに差すかなんか知らんで。アホか!めんどくさいことしおってからに。。」

何気ないこの老創業者と、長年彼に仕えてきた新社長のやりとりを見て、僕は懐かしい記憶が甦って来た。
そう、今は亡きナニワのノンバンクのおっちゃんだった「金貸し父さん」との思い出である。

私には一人の父が居た。一人は金貸し父さん。以上である。

僕が小学生の頃は、お小遣いなるものがなかったことは以前書いた通りだ。
いろいろな家の手伝いなどをしてもらう小銭が主な収入源で常にお金がなくて欲しいものも買えない状態だった。

そんな中で、僕の仕事として金貸し父さんのマイルドセブン(たばこ)を買いに行くというおつかいがあった。
今でも覚えているが当時マイルドセブンは220円で、1,000円渡されて一回に3箱を買いに行く。

タバコを渡した後、「釣りはいつもの所に置いとけ。」と言われるのだが、テレビ台の上が「いつもの場所」で無造作に置いておく。
すると父はたまに「おい。そこから100円取ってええど。」と2回に1回くらい言うのだ。

それが僕の貴重な収入だった。
僕が100円を取った後のおつりはテレビ台の上にずっと置きっぱなしになっており、稀に数回分がたまっていたりするようだったが、父は気にもかけてないようだった。
しばらくすると、いつの間にか無くなっていたから父か母が小銭入れに戻していたのかもしれない。

そんなことが日常だったある日、僕はどうせ金貸し父さんはこのおつりの小銭を管理していないだろうから、タバコを買ってきた後に「100円取ってええど」と言われなくても少しぐらいならもらってもわからないのではないか?
と黒い考えが子供心によぎった。そしてその黒い気持ちはどんどん大きくなって行き、、そして僕はある日それを実行に移した。

ドキドキしながら、タバコを父に渡し、「おつりいつもの所に置いとくで」と言っておつりの小銭を40円だけをテレビ台の上に置き、300円をポケットの中に入れた。

金貸し父さんはテレビを見たまま「おう。」と生返事をしてこちらを見ようともしていなかったように思った。

僕は、ドキドキする気持ちをおさえながら2階の自分の部屋に戻ろうとしたのだが、その時後ろから思いかけず声をかけられた。

「ワシの米びつに手を入れる泥棒がこの家にはおるなぁ〜。」

僕は心臓が凍るかと思った。

間髪入れず階段から引きずり降ろされた僕は、数分後には例によって居間で正座をして説教を聞いていた。もちろん一発殴られた上でである。

金貸し父さんはゆっくりと言った。

「ええか。よう聞け。おまえは今日泥棒になった。そしてお前を泥棒にしたのは釣り銭の扱いを任せたワシや。」

「任せる方は見てない様でよう見とるもんや。おまえのことをな。」

幼かった僕は絞り出すように正直に言った。

「・・・・数えてないと思ったから。。わからんと思った。。」

僕はもう一発げんこつが飛んでくるものと覚悟したが、拳は飛んでは来なかった。
代わりにさらにゆっくり父は言葉を絞り出した。

「ええか?他人に金を勘定してもらわんと、自分の金か他人の金か区別できへん人間はな。一生金を扱う側には周れんぞ。」

「あとな、金や大事なもんを触らせる方もな、任せきりでしっかり勘定をチェックせんのは泥棒を作っとるのと同じや。そういう奴に限って年中『あいつに騙された』『こいつに裏切られた』言うてギャーギャー騒いどるわ。」

・・・・・
・・・


僕は音もなくすべりだすマイバッハの助手席で暗くなった大阪の街を眺めながら、金貸し父さんにぶん殴られたあの日のことを思いだしていた。

ハンドルを握っている新社長に僕は言った。

「今日、オヤジさんにETCカードを抜いてわざわざ返しにいったのは意識してやったんですか?」

新社長は笑いながら、言った。
「ははは。。あのETCカードは会社のカードだし、まぁ、明日はプライベートなゴルフやからね。でも、あの後オヤジ、小遣いくれたよ。10万円。北新地で飲んでこいって(笑)」

「なるほど、会社も任されるわけだ。」

新御堂筋を笑い声を乗せたマイバッハが走り抜けてゆく。



- ベンチャー役員三界に家なし - 金貸し父さんと信頼の米びつ (via dontrblgme2)