土曜日

copipe

highlandvalley:

“1979年にスタートした『機動戦士ガンダム』 そもそもの企画は、サンライズ首脳の人間や富野 由悠季(とみの よしゆき)が「ザンボット3、ダイターン3と連続ヒットを出して、玩具メーカーからけっこう<自由にやって善い>と言われたんで、何か本格的な物をドカンをやりたんだけど、いい案ない?」とSF作家の高千穂遙(クラッシャージョウやダーティーペアの原作者として有名だな)に案を仰いだんだ。そこで高千穂遙は、一冊のSF小説を貸した。それはロバート・A・ハインラインのSF小説『宇宙の戦士(スターシップ・トゥルーパーズ/1959)』これはロボコップやトータルリコールで有名な映画監督ポール・バーホーベンによって映画化もされた。名前はまんま『スターシップトゥルーパーズ(1997)』シリーズはIIIまで出ていて、まだ続編を作る計画がある。 そしてサンライズはこの小説からアイディアをパクりまくった。 ・地球連邦軍・ニュータイプ・そして…パワードスーツをモビルスーツとして! ※後日指摘によりニュータイプは関係無いとの事。 でも、要素をパクッただけで おもちゃカラーのホワイトベースが砂漠をふわふわ飛んでるのを高千穂遙が観て激怒し『ガンダムはSFとして観るなら第一話~三話は100点、しかしそれ以降は0点』と、月刊誌OUT誌上で行われた富野とのバトルトークでは言葉のグーパンチで富野を殴った。 殴った。 殴った。 殴った。 殴った。 殴った。 殴った。 殴った。 殴った。 殴った。 殴った。 殴った。 殴った。(夢枕獏) 富野にも言い分がある。それはやっぱり子供が観るものだしプラモが売れないと駄目だし、あとミノフスキー粒子でレーダーは役に立たない世界だから…『何がミノフスキー粒子じゃ!あんなもん、目視でまるわかりじゃボゲェ!オマエにはSFマインドが無いんじゃ!』 と、高千穂遙は、あの毒舌男である富野をボッコボコした。それ以来富野の中で『SFマインド』という言葉がトラウマになった。 その呪いが解けるには『ブレンパワード/1998』というアニメの登場までの長い長い時間が掛かった。それとだ、この『機動戦士ガンダム』の版権を富野監督がサンライズに30万円で売り渡してしまった。当時のサンライズは目先の金に必死だったのである。それには理由があって、サンライズの人間は元、手塚プロダクションの人間だ。手塚プロは資金繰りが下手くそで、手塚治虫の莫大な印税で成り立っていたワンマン企業だった。有能な人材はいたのに崩壊した。 そしてその有能な人間らがタツノコプロだのサンライズだのを興す。 タツノコプロは『海外戦略』を設立当初から視野に入れており、だからキャラデザの天野喜孝の絵はアメコミ臭い。科学忍者隊ガッチャマンの白いマントは『バットマンを意識した』との事だ。 デビュー作の『マッハGoGoGo!/SPEED RACER』は、もう40年以上前のアニメなのに、まだアメリカでは再放送されている。熱狂的なファンが付いているのだ。 一方のサンライズは『玩具メーカーとの緻密な戦略』を考えた。 ロボットのおもちゃを売る、それだけでなくオプションの武器を売ること、合体メカ、全部おもちゃを売るためのアイディアだ。とにかく<金>なのである。だからサンライズにとっては、ガンダムの権利を30万で売れたのに全員が大喜びしたらしい。 でも、それで良かったんだ。 バンダイがガンダムの手動を握って、どんどん新作を作らせたから今日に至る<ガンダム・サーガ>が存在する。これがもしサンライズが権利を持っていたら…きっと、逆シャアとかも出なかったかもしれない。 富野は『ボクは一生ガンダムだけを作らされ続けるんだろうか?』みたいな、富野・イコール・ガンダムのパブリックイメージが嫌だった。だからザブングルをやったりダンバイン(オーラバトラー戦記)をやったり、新世代の才能を持ったクリエイター永野護をメインに据えた重戦械エルガイムをやったり、様々な方向性を模索するが、結局<Zガンダム>に呼び戻されたのであった。”

N-08Bをパンツに突っ込んで: ■機動戦士ガンダムと宇宙の戦士 (via petapeta)