“あのですね、これは、東京大空襲のときのアメリカの爆撃機B29の大編隊の侵入ルートそのままの再現なのです。 文藝別冊「円谷英二」(河出書房新社刊)に掲載された「特撮のカリスマ」という文章のなかで。ゴジラの特技監督である円谷英二自身が「ゴジラとは要するに荒ぶる神の話である」と語っています。 で、同じ本の中で木原浩勝という人が「東京湾岸に姿をみせたゴジラが芝浦、大崎方面から品川、新橋、銀座、国会議事堂など経由しつつ、隅田川からまた東京湾へと至るというゴジラのルートは、要は東京大空襲におけるB29の爆撃ルートの再現だった」と、当時の制作意図を語っているのです。 ・・・ つまり、初代ゴジラは、「荒ぶる神の話」だったのであり、昭和29年という戦後10年もたっていない日本にとり、最も近い絶望的に「荒ぶる」悪夢の再現といえば、昭和20年3月の東京大空襲なのでありました。 当時のアメリカが能力的には十分可能でありながら、戦後処理も睨んで戦略的に意図して皇居を空襲の対象にしていなかったのは有名な話であります。 東京大空襲のときも皇居は空襲をまぬがれています。 ですから、映画の中でB29の進路を忠実にたどって東京を破壊していったゴジラが皇居を襲わなかったのは、当然なのであります。 ・・・ 初代映画を鑑賞したことのある読者ならご存知でありますが、この「荒ぶる神ゴジラ」が登場して荒れ狂う様はまさに大空襲時のB29の大編隊さながらに描かれています。 映画の中では、ゴジラはなかなか登場しません。 「ドーン、ドーン」という足音だけが暗闇の中、遠くから不気味に近づいてきます。 夜中に警戒警報のサイレンが鳴り、やがて空襲警報となり、防空壕に逃げ込み家族共々空からのヒュウーという爆弾投下音がいつくるか震えながら耳をそば立てていた庶民にしてみればこの上のない恐怖でありましょう。 また、ゴジラが初めてスクリーン上にはっきりと顔を出すのは山の峰ごしに、首を覗かせるようにふいに登場いたします。 これも山の峰から突如艦載機の編隊が現れ、急降下して無差別に機銃掃射を浴びさせられた庶民の記憶を思い出させるシーンでしょう。 極めつけはゴジラの東京上陸後の逃げ場を失った母子の会話です。 ゴジラに追いつめられ母親は上空を見上げます。ゴジラは身長50Mですから当然見上げるわけですが、それはあたかも空襲時にB29の大編隊を見上げつつ絶望する母親の姿とだぶります。 そして、母親が幼い子供たちを抱きかかえて「大丈夫、もうすぐお父さんのところに行けるのよ」と、死を覚悟して叫ぶのです。 これはもう空襲のシーン以外のなにものでもないでしょう。”
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ゴジラが皇居を襲わなかった本当の理由~何もわかっちゃいない産経コラム - 木走日記 (via iterwtt) (via wideangle)
ゴジラは昭和29年公開だから戦後10年も経っていない
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