“月見うどんがキライだった。 が、いまは許せる。 うどんもそばもぼくの場合ほとんど立ち食いそば屋で喰うが、生タマゴが入るだけで50円ぐらい高くなるのが納得いかなかった。あと、ネーミングも納得いかなかった。月見などという風雅な名前を名乗りながらその実、生タマゴが投入されているだけ。どこが月見だ、と思っていた。アニメに出てくる未来の人間のように、なんらかの理由で月がなくなっていてホンモノの月を見たことがない人間ならともかく、生まれてからずーっとホンモノの月を見ている人間にそれは通用しないだろう、と思っていた。 が、数年前によく行く立ち食いそば屋が月水金曜にタマゴの無料サービスを展開した。 その頃、ぼくは初めての映画の製作中でホントにあわただしかった。食事をする時間もロクになかった。新宿駅地下を通り過ぎるとき、ホント通り過ぎるように立ち食いそば屋に入ってそばやうどんを食べた。レースで車がピットに入るような感覚だった。少しでも食事時間は短いほうがよかった。 「ゆでタマゴにしますか、生タマゴにしますか?」 店の人に聞かれたとき、ぼくは生タマゴにしてくださいと頼んでいた。 食事時間は短いほうがいい。 ゆでタマゴだとうどんやそばのおつゆの温度に変化はないが、生タマゴだとかきまぜて溶かせばそのぶんおつゆの温度が下がり、食事時間を短縮することができる。そう考えたのだ。 考えは正しかった。 生タマゴを溶かせばうどんやそばを早く食べることができる。 大発見だった。 それ以来、うどんやそばを食べるときは月見を頼むようになった。 最初は時間の短縮が目的だった。 が、何度も何度も食べてる間にタマゴが溶けたおつゆのなんとも言えないマイルドな風味が好きになった。 いまでは時間の有無に関係なく月見を注文するようになった。投入された生タマゴが月に見えるようにもなった。 「一杯の丼の中に月があるなんて。なんて風情のある食べ物だろう……」 人間の嗜好は極めてあやふやだ。”— 月見 - 杉作J太郎のすべて幻 (via seiichirou) (via zbpt) (via toronei) (via gkojax) (via hidekisan) (via yasunao-over100notes) (via gkojax) (via okadadada) (via lain2lain) (via nandemokandemocom) (via quote-over1000notes-jp) (via chikuri) (via itokonnyaku)