“しかし、近くで見ていると、呑むのが良いとか悪いとかよりも、「眼の前には酒があり、それは飲むものだ」という意識しか無かった。まわりでいくら止めても「酒は飲むものだ」なのだ。「飲まない」という選択肢はない。「食事のときには酒がある」「酒のない喫茶店には入らない」「蕎麦屋であっても酒があれば飲む」「飛行機の待ち時間にも酒を飲む」となる。良い悪いではなく、たとえ「死ぬぞ」と言われても、酒が手に入れば、必ずそれは「飲むもの」だったのだ。まるで酒を飲むためだけに造られた、からくり人形のようだった。 アルコール依存症の対策は二通りある。ひとつは然るべき施設に入所し、3ヶ月のプログラムを受けるというもの。もうひとつは、シアナミドなどの抗酒剤を自宅で毎朝服用するというものだ。しかし、入所するにも自宅治療を行うにも、本人が「自分は依存症だ」という意識が必要となる。それが無ければ入所したところで絶対に回復できない。”— 勝谷誠彦追悼 酒と戦わずして命奪われたコラムニスト 最後まで寄り添った盟友が明かす「辛口コラムニスト」の生き様(3/3) | JBpress(日本ビジネスプレス)