“ジェンダー/セクシュアリティに関して、「選択できる/できない」はきわめて両義的な意味を担ってきた。一方では、家父長制・生物学的決定論が呪縛をかける「選択できない」ことからの自由を目指し、一方で、「差別はもうないからあとは各自の選択だ(自己責任だ)」という構造的要因を無視した自己責任論と対峙し、「選択する/しない」という自由意志の問題には還元できないことの複雑さをみようとしてきたのが、ジェンダー論やセクシュアリティ論だったはずだ。”— 脱成長派は優し気な仮面を被ったトランピアンである――上野千鶴子氏の「移民論」と日本特殊性論の左派的転用 / 北田暁大 / 社会学 | SYNODOS -シノドス- | ページ 2