2011年3月11日の「その晩」にJRが何を最優先事項にしていたかということです。
東北新幹線、東北本線、常磐線という大動脈が大きく損壊し、当面の復旧のメドが立たない中、社内では「日本海回りの貨物列車は通せるか?」という一点に絞って検討がされたというのです。
被災直後から、歴史的な「東北大停電」が発生し、直後からガソリン不足の問題が持ち上がる中、この年の東北はまだ雪の舞う寒波に見舞われていました。そこで燃料輸送の問題は人命に関わるという判断です。
通信網も寸断されるなか、各方面に確認を取り、上越線、羽越本線を使って磐越西線から郡山方面、米坂線山形経由で仙台地方へという「日本海回り」で、首都圏から被災地に燃料輸送が「できる」とわかった時には、社内には「ほんの少し明かりが見えた」感じがあったそうです。そして、その晩は社の最優先事項として、この輸送作戦の実行に取り組んだのだそうです。
”- 震災当日の晩、JR東日本は何を最優先にしたか | 冷泉彰彦 | コラム&ブログ | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト (via futureisfailed)